Editor's Museum「小宮山量平の編集室」

日々のできごとと思いを伝えます。

父の言葉をいま・・・その293

 “自分の足で立ち、自分の頭で考える”───。
 そのことの大切さを生涯語り続けた父の思いを受け止めて、文章に残してくださった方がいます。
 辰濃和男さん(1930~2017)。
 東京商科大学一橋大学)を卒業、父の後輩でいらっしゃいます。
 朝日新聞に入社、編集委員論説委員を歴任、その間1975年から88年まで「天声人語」を担当されていました。

 『悠吾よ! 明日のふるさと人へ』は、2006年に刊行されました。(こぶし書房)
 表紙には当時三歳だった父のひ孫の悠吾が・・・・・。
 画家の坪谷令子さんが描いてくださいました。
 令子さん、この10月9日に悠吾、十九歳になるんですよ!

 辰濃和男さんが残してくださった文章は、この『悠吾よ! 明日のふるさと人へ』についての感想です。
 『週刊金曜日』2006年5月12日号に掲載されていました。
 “きんようぶんか 読書”の欄です。
 辰濃さんの文章を今読み返してみて、私はある感動をおぼえています。
 父の思いをすくいあげてくださった辰濃さんの筆の力に圧倒されるのです。
 なんとみごとに父を甦らせてくださったことか・・・・・。

 新政権、そしてその政権の思わくがあって、前倒しで行われる衆院選
 この状況下で、この文章は、父からの、そして辰濃さんからの警告だと私は思っています。

2021.10.6  荒井 きぬ枝


亡国の淵に臨んで、自立的な精神の新生を
辰濃 和男

 小宮山さんの文章からはある種の熱気が噴きでている。体内のどこかに潜在するマグマの量は私なんかの想像をはるかに超えるものではないかといつも思っている。
 九十歳でなお、岩波文庫全四冊にわたるトルストイ戦争と平和』の読破をこころみ、こころみるだけでなく、そこからたくさんのことを学び、学ぶだけでなく、連載ものを書く素材にしてしまうしたたかな生命力は、いい加減のものじゃない。
 たとえばまた、新雪の日、小宮山さんは「今の日本が、何やら根本的な誤りを犯したままに、第二の敗戦とでもいうべき深淵へとのめり込んではいないだろうか」と憂える文章を書いた後に、こう付け加えるのだ。
 「そろそろ本気になれと、自分を叱るような新雪でした」
 卒寿というものが、どういうものか私は知らない(といっても生きていればあと十数年でそういうことになるのだが)。知らないけれども、降る雪を見て、「そろそろ本気になれと、雪が叱っている」と受けとる九十翁のみずみずしい感受性に、私は感動する。翁などという言葉を使うと怒られるかもしれないが、最近の写真を見た限りでは、なんともいえない翁的な風格が備わっていて、芥川龍之介が遠くから森鴎外をみて「その顔の立派なる事、神彩ありと云ふべきか」と書いていることを思い出したりするのだ。
 小宮山さんの怒りの大きさ、深さ、鋭さ、そしてその正当性は、この本を手にして五十ページほどを読んだだけでも、十分に伝わってくる。
 たとえば「コンピューターとやら、ケイタイとやら、パソコンとやら、この空気いっぱいに充満してしまった文明の底知れないおぞましさ」に嫌悪感をもつ心情は、パソコンもケイタイも使わない非文明人の私にはよくわかる。
 さらにまた「高度に発達した一先進国が、他の高度に発達した一敗戦国を植民地的に支配する」構図に対する激しい憤りは、これこそ、惰眠をむさぼる日本人有権者への絶望的な警告状でなくてなんだろう。
 しかもアメリカによって植民地的に支配されている日本国は「明らかに破産に瀕し亡国の淵に臨んで」いるのだ。船の舵をとるべき日本の政界・財界などの中枢は、残念ながら「品性の卑しさ」にハイジャックされている。
 亡国への行進が公然と進められている背景にあるのは、私たちが敗戦の始末をまことに不充分のままに放置してきたからだと小宮山さんはいう。
 では、どうする。本書ではいくつもの処方箋が指摘されている。それはたとえば、自分の足で立ち、自分の頭で考える自立的な精神の新生をせまるものであり、いのちの原理を呼びさますことであり、民族的な伝承を大切にすることでありというように、まことに多岐にわたっている。だが、より具体的な処方箋は、自分の足で立ち、自分の頭で考えるものであることを、小宮山さんは教えてくれる。
 最後にいっておきたい。『悠吾よ!』という表題にこそ、未来人に対する深い愛がこめられている。ひ孫への思いは未来人への思いだ。ふるさと上田のエディターズミュージアムで発信を続ける小宮山量平は、ひ孫の名前を表題にすることで「土着=ふるさと」の中にこそ未来がある。という深い思いを表現したかったのではないか。