2015-01-01から1年間の記事一覧
はじめてパリを訪ねたのは、今から40年前、1975年のことです。 1968年にパリで起きた五月革命。カルテェ・ラタンの中心、サン・ミッシェル大通りを、サルトルとボーヴォワールを先頭に大行進する学生や市民の映像が私の目に焼き付いていました。 “…
二週間、ブログを休んでいました。「ほんとうに行くんですか?」────周囲の方たちが心配してくださる中、そして私自身不安な思いを抱きながら、毎年暮れに訪れるパリへ今年もその予定を変えることなく旅立ちました。 12月1日、16時(現地時間)到着。そ…
小宮山量平への招待ー時代的認識と自立的精神を巡って 週刊上田 コラム「陽葉」 2015.12.12掲載 ◆上田市教育委員会主催の「うえだ4大学リレー講座②」として、長野大学で行われた、「小宮山量平への招待―時代認識と自立的精神を巡って」を聴講しました。講師…
11月21日(土)、長野大学で行われた長島伸一教授の「小宮山量平の世界への招待──時代認識と自立的精神を巡って」という講座に出席させていただきました。 長島先生は、何度もこのミュージアムへ足を運んで下さり、父が書き遺した多くの文章を丹念にお読…
信濃毎日新聞 東北信版 2015.11.15掲載絵本作家 はらだたけひでさん 上田市の編集者兼作家、故小宮山量平さんの編集室「エディターズミュージアム」(上田市)で14日、絵本作家のはらだたけひでさん(61)=東京=による講座があった。自身の著書で題材…
作家の井出孫六先生からお葉書を頂きました。 ───「小宮山量平“私の大学”」のお知らせ有り難う存じました。「放浪の画家」の試写会案内をもらっていながら、見過ごしており、岩波ホールに出かけていこうと思っているところです。 (中略) 「私の大学」の繁…
20年ほど前、当時大学生だった娘が、友人たちと行った沖縄旅行のあと、「太陽の子」を読んで、こんなふうに言ったのです。 「行く前に読みたかった」───と。 歴史を知るということ、その歴史の中で繰り返されてきた戦争の真の姿を知るということ。 「太陽…
『わたしのラド=グディアシビリ版画集』の刊行は、1972年のことでした。 今、立派な美しい装丁のこの版画集を手にしながら、果たして当時このような本がどれだけ売れたのだろう・・・・・・と、考えてしまいます。 〝いい本が売れるわけではない〟───というこ…
私の大学講座 その5 絵本作家 はらだたけひでさん 講演 信濃毎日新聞 東信欄 2015.10.21掲載 上田で来月14日 画家を語る講座上田市の編集者兼作家、故小宮山量塀平さんの編集室「エディターズミュージアム」(上田市天神)は11月14日、岩波ホール(東…
4大学リレー講座 2015 (第2回) 「小宮山量平の世界への招待ー時代認識と自立的精神を巡って」講師:長島 伸一氏(長野大学企業情報学部企業情報学科 教授)日時:平成27年11月21日(土) 10:00~11:40 長野大学[内容について] 上田市生まれの小宮…
11月21日(土)から岩波ホールで再上映される「放浪の画家ピロスマニ」の試写会のお知らせをいただき、先日観てきました。 日本ではじめて公開されたのは1978年。いまから37年も前のことです。その時のパンフレットに父は文章を書かせていただいて…
1987年2月、世界80ケ国の文化人を集めて開かれた「科学と文化の会議」に出席するため、父はソビエトを訪問しています。 日本の出版界の代表として招かれたのです。その時同行された方の中に、山田洋次監督がいらっしゃいました。そのような機会があっ…
──来年も「グルジア」であけくれそうです。ぼくたちにとって「グルジア」は「星の牧場」であり、そこには「プラテーロ」(注)がひなたぼっこしているのです──。 絵本作家のはらだたけひこさんご夫妻から父がいただいたクリスマスカードです。 岩波ホールで…
『星の牧場』(1963年理論社刊)の著者、庄野英二さん。その庄野さんから父がいただいた 手紙約100通も、このミュージアムに保存されています。 作家と編集者は、こんなにもこんなにも心を通わせながら、ひとつの作品を生み出していくのだ・・・・・、そう…
「今江祥智の本」全22巻は昭和55年(1980)に刊行が開始されました。 続いて昭和57年(1982)には、「椋鳩十の本」全25巻の刊行が始まります。 このミュージアムには、椋鳩十さんから父が頂いた手紙二十数通、はがき約二十枚が保管されています。「…
今年3月に亡くなられた作家、今江祥智さんのお別れの会に出席させていただきました。 9月8日、場所は今江さんがこよなく愛していらした東京の「山の上ホテル」 何人もの方たちが今江さんとの想い出を語られるのを聞きながら、父だったら何を語っただろう・…
小宮山量平の「私の大学」-講座その4-が8月29日(土)、このエディターズミュージアムで開かれました。 『窪島誠一郎・松本猛ホンネ対談<ふるさと>ってなに?』が6月に出版され、その記念も兼ねての講座でした。 昨年の対談に続き、“再び、量平さん…
敗戦後、上田へ帰ってきた父が「千曲文化クラブ」を立ち上げた時の蔵書が今、このエディターズミュージアムの一隅に納められています。 若い人たちにたくさん本を読んでほしい。そのために自身の蔵書で、「貸本屋のようなことを始めたんだよ」父はよくそう話…
戦後70年目の夏。 父が生きていたら語ったかもしれない言葉を、父が遺した文章の中から探しています。 たくさん遺された生原稿の中の一つが、父から提示されたように今、私の目の前に現れました。 戦後50年目に、旭川の富貴堂書店さんの「戦争体験」とい…
「窪島誠一郎・松本猛ホンネ対談<ふるさと>ってなに?!」の刊行を記念して4回目の 「私の大学」を企画しました。 “量平さん<ふるさと>、これでいいんですか?<このくに>これでいいんですか?”をテーマにお二人に語り合っていただいた第二回目の「私…
1971年に刊行された、おおえひでさんの「八月がくるたびに」。 この季節が巡ってくると、私はきまってこの本を開きます。 長崎で被爆した少女の名前は“きぬえ”です。そのせいか、この本が特別気になるのです。 表紙と挿絵、そして原爆をイメージした何ページ…
7月18日午後1時。 「アベ政治を許さない」と書いたポスターを、私は上田の駅前で掲げました。 団体ではなく、組織でもなく、一人ひとりが自身の強い意志でつながる・・・・・。 同じ時間に集まった人々の間に身を置きながら、私はそのことを実感していました。 …
先日、無言館の窪島誠一郎さんがみえて、澤地久枝さんからいただいたお手紙を見せて下さいました。 “安倍政権の非道に抗議をしましょう。2015年7月18日(土)13時「アベ政治を許さない」のポスターをいっせいにかかげましょう。文字は俳人の金子兜太さんが書…
窪島誠一郎さん・松本猛さんの対談集刊行 地方の視点から「日本」語り合う 2015.7.5 信濃毎日新聞 地域覧掲載 -上田などで活動 小宮山量平さん次男が編集― 「信濃デッサン館」「無言館」(ともに上田市)館主の窪島誠一郎さん(73)と、「安曇野ちひろ 美術…
父の最後のエッセー集となった『映画(シネマ)は《私の大学》でした』。 2006年1月から2009年3月にかけて映画雑誌「シネ・フロント」に連載されていたものが、一冊の本にまとまり、父が亡くなった年の7月に刊行されました。 ひとりひとりが心の中に“自分の…
6月27日発売の一冊の本が私の手元に届きました。 『窪島誠一郎、松本猛 ホンネ対談 <ふるさと>ってなに?』 昨年の「私の大学」の講座でのおふたりの対談が、こうして一冊の本にまとまりました。 編集者は量平の次男・小宮山民人です。 表紙をめくると副題…
「めぐりあいのふしぎさに、ただ感動するだけです。」 かつて「来し方の記」(前述)にそう記した父。 たびたび訪れていたグルジア(現ジョージア)の二人の画家、ニコ・ピロスマニとラド・グディアシビリとのめぐりあいについての感動を、父はたびたび語っ…
エディターズミュージアムのオープンから10年が経とうしています。(2005年7月オープン) 父がいただいて、大切に保管していた膨大な数の手紙を整理しながら、私はこの10年間父のめぐり会いの歴史をたどってきたような気がしています。 作家(あるいは画…
「うの花忌」 パーキンソン病であることを公言されている永六輔さんが、けれど、しっかりと力強く、大切なことをたくさん話して下さいました。 戦争の悲惨さを、情報が公開されないことの怖さを、そして憲法を守るために、まず知って、大切にしなければなら…
小宮山量平さん・灰谷健次郎さんに思いを信濃毎日新聞 信州ワイド覧 2015.6.1掲載 上田市の編集者兼作家の故小宮山量平さんと児童文学作家の故灰谷健次郎さんに思いを寄せる「うの花忌」が31日、同市天神のエディターズミュージアムで開かれた。2人と親交…