2016-01-01から1年間の記事一覧
マルシャーク作『森は生きている』。原題は「十二月」。 (理論社で出版された“マルシャークのこどもの芝居の本”シリーズは『十二の月の物語』) この芝居を最初に観たのは小学校一年生の時でした。「俳優座」のこけら落としとして上演されたものです。父が…
小宮山量平の「私の大学」 永六輔さんを偲び特別講座週刊うえだ 2016.12.17掲載 上田駅前のエディターズミュージアムは11月26日、7月に83歳で永眠した永六輔さんを偲ぶ「小宮山量平の『私の大学』特別講座」を開催。戦時疎開して上田中学(現上田高校)に通…
まつもと市民芸術館で、チェーホフの「かもめ」を観てきました。 1950年劇団民藝は創立公演にこの「かもめ」を上演しています。その時のトレープレフ役だった宇野重吉さんが演出にまわられた1969年の「かもめ」のパンフレットが今手元にあります。(父は130…
50人講演映像や歌などでしのぶ信濃毎日新聞 信州ワイド覧 2016.11.27掲載 上田市出身の作家兼編集者・故小宮山量平さんの編集室「エディターズミュージアム」(上田市天神)は26日、放送作家、作詞家、ラジオパーソナリティとして活躍し7月に83歳で亡くなっ…
12月のはじめ、18度目のパリへ旅立ちます。 行く度に訪れるいくつかの美術館。今年も「絵」とのめぐりあいを楽しみにしています。 何度も同じ「絵」の前に立ちました。 「ああ、今年もこうしてここに立っている。立つことができた。」─── 過ぎた一年を振り返…
三笠宮様が〈はしがき〉(まえがき)を書かれた『月の輪教室』の目次に父が引用し(1954年)、「私の大学」のシリーズの巻頭にかかげた(1956年)アラゴンの詩の一節── 学ぶとは 誠実を 胸にきざむこと 教えるとは ともに 希望を語ること アラゴンは20世紀フ…
『月の輪教室』という本が刊行されたのは1954年。その序文、「はしがき」を書かれているのは三笠宮崇仁さまです。直筆の原稿がこのミュージアムに保存されています。編集者であった父は、どのような経緯があって宮さまにお願いしたのか・・・・・。 「お父さん、…
10月23日(日)の朝NHKで放映された新日曜美術館を見ました。とりあげていたのは“ミケランジェロ”。 ゲスト3名がそれぞれの視点からミケランジェロを語ります。作品が次々と映し出されました。ヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂の「ピエタ」。スフォルツア城…
小宮山量平の「私の大学」 特別講座───永 六輔さんを偲ぶ───《永さんが上田で語ってくださったこと──20年前の映像とともに── 》そして《永さんからの最後のメッセージ》 演奏 西巻 靖和さん (サクソフォン奏者・音楽療法士) -永さん作詞の名曲を- 朗読 …
ポーランドのアンジェイ・ワイダ監督の訃報(10月9日、ワルシャワ市内の病院にて死去)は、私にとって、とりわけ感慨深いものでした。 1993年の秋、私は仲間と一緒にワイダ監督作の「コルチャック先生」の上映会をめざしていました。地方の映画館になかなか…
早船ちよさんの『キューポラのある街』(1963年刊)の理論社での初版は、“小国民文庫シリーズ”におさめられています。 その後同シリーズでは、早乙女勝元さんの『下町の故郷』『小麦色の仲間たち』『青春の歯車』が刊行されています。 早乙女さんもまた、“戦…
父がいただいて、大切に保管していた膨大な数の手紙とはがきの整理を、この場所で10年間続けてきました。 作家と編集者とがどのように向き合ってひとつの作品を生み出してきたか───、遺された多くの手紙、はがきがそのことを伝えようとしています。 『キュー…
作家、西村滋さんが、5月21日、91歳で亡くなられました。明日9月29日、静岡市で行われる「西村滋さんをしのぶ会」に参加させていただきます。父が西村さんから頂いたお手紙やお葉書を読み返してみました。といってもとても一気には読み切れません。 お手紙15…
チャップリンの「独裁者」は、1940年の10月に公開されています。 チャーリーが映画の中で世界によびかけた大演説は、いろいろな訳し方をされていますが、父は父自身の言葉で、この本を読もうとしている子ども達に、わかりやすく語りかけるように訳しています…
毎日新聞の記者鈴木琢磨さんと神保町を歩きながら語った父の言葉は、2010年10月28日付夕刊の「ザ・特集」に、“「理論社」の灯はどこへ”という題で掲載されています。 (前略) 「戦争と人間」(五味川純平著)は、絶版になって久しい。読もうにも読めない。…
8月16日付の毎日新聞の夕刊。 「特集ワイド」──2016夏、会いたい──“平和よ”と題された記事。 記者の鈴木琢磨さんが、亡くなった父に会いに来て下さったのです。(前略) 小宮山さんに会いたくて、長野県上田市へやってきた。(中略) 先の見えない時代、私は…
むのたけじさんの『たいまつ十六年』(1964年理論社刊)の刊行については、この連載で書かせていただきましたけれど(2015.6.10)、週刊新聞「たいまつ」を1978年に休刊されてからのむのさんは、講演活動などを通じて「戦争絶滅」を訴え続けられました。 信…
ことしも8月15日が巡ってきます。 「終戦」ではなく「敗戦」だと父は言っていました。 2012年、亡くなる直前のある日、もうろうとする意識の中で、上体を起こし、父は敬礼をしたのです。 「あいつらが見えた」と父は言いました。 部下を戦地へ送り出した…
今、一冊の絵本を手にとっています。 『いのち』──昔からのいのち 今ここにあるいのち 明日うまれるいのち── (文 永六輔 絵 坪谷令子2004年1月 理論社刊) 永さんがことばをつむぎ、坪谷さんが「蜜蝋」で絵を描きました。 1頁目をめくると、永さんがこん…
「文化座」の公演『反応行程』(2016年5月25日~29日)──26年ぶりのリメイク公演。戦時下の青春群像に、現在(いま)だからこそ再び挑みます── パンフレットにはそう記されていました。 機関誌(文化座)に感想を・・・・・と言っていただき、拙文をお届けしまし…
7月11日にもたらされた永六輔さんの訃報。もう二度とお会いすることはない・・・・・。もう二度とここへお迎えすることはない・・・・・。大切な方がいなくなってしまった・・・・・。 新聞社の取材を受けて、思いを語らせていただきました。2016.7.13 荒井 きぬ枝永六輔…
『地には豊かな種子を』の第三十九章で《第二の敗戦》を語っていた父は、終章となった第四十章を、《希望という名の明日》と題して、以下のような言葉で結んでいます。(前略) かって《千曲川》全四巻なる長編作品を世に送って、戦後日本の歩みの土台となる…
「うの花忌」のために、うの花をひと枝届けてくださった方がいます。ご自分が所属されている会の機関紙のために書かれた文章が添えられていました。 父の著書、「地には豊かな種子(たね)を」(2006年 自然と人間社企画・監修、エディターズミュージアム刊…
小宮山さん・灰谷健次郎さんをしのび「命を大事に」思いを新たに「うの花忌」作品を朗読信濃毎日新聞 2016.6.14掲載 上田市出身の編集者兼作家・故小宮山量平さんと児童文学作家・故灰谷健次郎さんをしのぶ「うの花忌」が12日、同市天神のエディターズミュー…
「まえがき」、「あとがき」、そして「解説」、あるいは「編集者ノート」、「編集室より」─── 編集者としての言葉を、父はさまざまな形で遺しています。 この四月半ば、児童文学作家の富盛菊枝さんがご著著をお送りくださいました。『富盛菊枝児童文学選集』…
上田で12日「うの花忌」平和への思い朗読で共有信濃毎日新聞 2016.6.1掲載 上田市出身の作家兼編集者・故小宮山量平さんの編集室「エディターズミュージアム」(上田市天神)は6月12日、小宮山さんと児童文学作家の故灰谷健次郎さんをしのぶ「うの花忌」を開…
『お菓子放浪記』(1976年理論社刊)を書かれた西村滋さんが5月21日、92歳で亡くなられました。 そのことを知る前日、私は西村さん宛に「うの花忌」のお知らせのはがきを出していました。“ご遠方ゆえ、お知らせのみさせてくださいませ。どうかくれぐれも…
小宮山量平さんと灰谷健次郎さんに思いを寄せて 「うの花忌」ー地には豊かな種子をー 量平さん、100歳を記念して 週刊うえだ 2016.5.28掲載 理論社を創業して出版界を牽引した上田市出身の編集者・作家の小宮山量平さん(1916~2012)の精神を引き継ごうと6…
「うの花忌」 ― 地には豊かな種子を ― 《量平さん、100歳の誕生日を記念して》 朗読 「愛になやみ死をおそれるもの」 (1950年理論社刊 小宮山量平編・著)より 「太陽の子」 (1978年理論社刊 灰谷健次郎著)より ........................久保…
明日5月12日、父は100歳の誕生日を迎えます。例年より早く咲いたうの花を、父の遺影に飾りました。 「5月12日は、アッツ島玉砕の日だったんだよ。」─────誕生日を迎えるたびに、父はそう語っていました。 “昭和時代落穂拾い”の中に「五月十二日」と題した…