2019-01-01から1年間の記事一覧
「父の言葉をいま・・・」は、2015年1月16日から書き続けてきました。 5年が経ちました。 こんな時父だったら何て言うだろう・・・・・、何かあるたびに、父の答えを聞きたくて父の言葉をさがします。 すると・・・、「ほら、ここに書いておいたよ」と父がある文章を差…
“医者、用水路を拓く───国際協力の24年。アフガンで水を求めて── こう題された中村先生の講演会が、須坂のメセナホールで行われたのは、2008年5月24日のことでした。 主催は九条の会の方たちが中心となって立ち上げた「中村哲先生講演会実行委員会」。 共催…
五木寛之の『デラシネの旗』(1969年文藝春秋刊)。 『五月革命』直後のパリで、“黒井”はかつて学生運動の仲間であった“九鬼”の消息を追っています。手がかりを得るためにある場所に向かう時の描写です。 パリ左岸、サンジェルマン・デ・プレ教会の前を通っ…
“「横浜事件」の資料、上田で発見” という記事が各紙で報道されたのは、ことしの3月から4月にかけてのことでした。 その2月に「細川嘉六ふるさと研究会」の方たちがここを訪ねてこられたのです。 お渡しした資料を、それは喜んでくださいました。 それから1…
私の“想い出の品”をつめ込んである箱があります。 久しぶりに開けてみました。 何をつめこんだのか忘れているくらい久しぶりに・・・・・。 「通知表」が出てきました。「こづかい帳」「作文」、それから長女が生まれた頃の「育児日記」等々。 その中に1966年3月6…
第8回 エルバ・フレスカ チャリティーコンサート~千曲川氾濫被災支援・いま音楽の力でできること~ 出演 浅間山麓男性合唱団 コカリナアンサンブル・チェレスニファ コール・フレスカ 他 入場無料 どなたでもどうぞ 期日:2019年 11月30日(土) 13:00開演 …
『星の牧場』(庄野英二作・長新太絵 1967年理論社刊)は、いつまでも心に残る作品です。 戦争、そして復員。記憶を失ったまま牧場で働くモミイチの耳には、愛馬ツキスミの蹄の音が聞こえてきます。 モミイチだけに聞こえる蹄の音。 ある日、モミイチは深い…
先生と子どもたちとの結びつきが、こんなふうであったらいいな・・・・・・と思う文章があります。 SNSによる子ども同志のいじめ、先生が先生をいじめていたという事実、目をそむけたくなるような教育現場でのできごとを前に、この文章は私の中でひときわひかり輝…
村井雅清さんからメールをいただきました。ご紹介くださった画家の坪谷令子さんからは、以下のようなメールが─── 村井さんは、阪神淡路大震災で「ボランティア元年」という言葉が生まれた・・・ その当人です。 村井さんが立ち上げたNGOは、東北の地震の時には…
昭和42年(1967)5月に刊行された「きりん」春号が今私の目の前にあります。 「きりん」の刊行を理論社が引き受けてから4年目───。 いまこそ「きりん」をもっと美しくしたい もっとたくさんひろめたい もっとおもしろくしたい 父の願いを込めた最初のB5判で…
(前略) さればこそ、この盆地を貫流する千曲川そのものは、佐久平を巡ってこの上小盆地に流入した辺りから坂城を経て善光寺平を迂回し、アルプス山系に発した犀川と合流するまでの台地を、人呼んで「花と稔りのふるさと」などと呼ぶ昨今である。 このふる…
『99の人生との出会い』第一集~第三集(1981年 理論社刊)。 愛読者の手記集として生まれた三冊の本が今、目の前にあります。 第一集の“あとがき”に父はこう記しています。 (前略) 「99の人生」という数字には、限りないひろがりの意味をこめ、「出会い」…
高畑勲さんにもう一度会いたい・・・・・。 先週、「高畑勲展」(東京国立近代美術館10月6日まで)に出掛けたのは、そのような思いからでした。 初めて高畑さんにお会いしたのは、2008年、上田女子短期大学の講演会に高畑さんが講師として招かれて上田へいらした…
「ゆるして、おねがいします」─── 5歳の女の子が鉛筆で書いていたひと言が、胸につきささっています。 どんなに悲しかったか、どんなに深く傷ついていたか・・・・・。 「ほんとうのお父さんじゃないのに」─── とうとうそのことばを口にしてしまった少年。 『事件…
穂高町有明の絵本美術館「森のおうち」で父の展示・講演会が行われたのは1996年、父が『千曲川』を執筆中のことだったと思います。 1997年には「『千曲川』を支援する会」が発足。父を励ましてくださる方々が刊行記念パーティーを開いてくださいました。 “森…
信州黒姫高原───。 一面のコスモス畑で、少し、秋の風に吹かれてきました。 いぬいとみこさんを思い出していました。 『北極のムーシカミーシカ』(1961)、『ながいながいペンギンの話』(1963)、いずれも『理論社名作の愛蔵版』として今も読みつがれ、輝…
上田自由塾 生涯楽習 2019年度公開講座募集「シベリアの過去・現在・未来」 講師:小宮山 俊平◇日時:2019年11月16日(土)15:00~17:00 聴講無料◇場所:エディターズミュージアム (上田駅前 若菜館ビル3階) ◇プレゼン内容 流刑地、抑留地、ソ連軍の脅威、…
パリでの美術館めぐり。 行くたびに会いたいと思ういくつかの絵があります。 「また会いにきましたよ」──── 絵に語りかけます。 “思えばその一枚の絵の前に、何度佇んだことでしょうか”──。 関根正二の「信仰の悲しみ」に会うために、二度、三度と倉敷に足を…
大原美術館の分室の展示室に一歩足を踏み入れたとたん「あった!」と私は小さく叫びました。 関根正二『信仰の悲しみ』───。 いつかその絵の前に立つまでと、心の中にしまっておいた父の文章があります。 思えばその一枚の絵の前に、何度佇んだことでしょう…
タカクラ・テルさんについて父が講演した記録(前回のブログ)をお読みくださったのでしょうか。 ミュージアムあてに以下のようなメールをいただきました。 教育者・文化人類学者の山口昌男さん(1931-2013)が、上田を訪ねられた折りに感じられたことを、ご…
昨日8月16日、上田の街を舞台にした「劇作家大会」が開幕しました。 この大会を前に会場のひとつ、民営文化施設「犀の角」代表の荒井洋文さんが思いを語っています。(信毎 2019年8月9日付) 荒井さんはたびたびこの場所へいらして、タカクラ・テルさんについ…
このミュージアムを支えてくださっている方のおひとり桂木惠さんから、以下のようなお知らせをいただきました。 みなさまにお伝えします。 「平成ニッポンを歩く 報道カメラマン80歳 日本縦断(西日本編)」日時:8月18日(日)24時55分 日本テレビ「NNN…
富良野GROUP公演2009夏 「歸國」────、 倉本聰さんから父あてに送られてきた台本を今読んでいます。 8月15日深夜の東京駅の地下ホーム。 軍用列車から降りてきた“英霊”たちは、それぞれの思いを胸にそれぞれの場所へと散ってゆきます。 ある者はかつて愛して…
放映中の朝ドラ「なつぞら」の中で、さりげなく“戦争”が語られています。 脚本の力を感じています。 愛する人を失った悲しみ───。 女優の蘭子さんは広島の原爆で亡くなった人の遺した言葉を胸に刻んで、芝居を続けています。 ムーランルージュの踊り子だった…
永六輔さんが逝かれて、もう3年が経ったのですね。 2016年7月7日。 “天の川を渡って母に会いに行ったんだと思います”─── 次女の麻里さんのことばが心に残っています。 たびたびこの場所を訪れてくださった永さん。 講演されるたびに、「9条を守るためには、9…
報道写真家 石川文洋さん 日本縦断の旅を報告週刊うえだ 2019.7.20 掲載 理論社を創業した名編集者・小宮山量平さんが晩年の拠点とした上田駅前の「エディターズミュージアム」で、小宮山さんと作家の灰谷健次郎さんを偲ぶ第12回「うの花忌」が先ごろ開かれ…
1980年、『前進座』の若手の俳優さん中心の公演「太陽の子」を読売ホールで、灰谷健次郎さんと父と並んで観た時のことを思い出していました。 先日、新宿の紀伊國屋サザンシアターで上演されたミュージカル「てだのふあ」を観てきました。(『ミュージカルカ…
中学生が起こした事件が相次いでいます。 直視しなければと思いながら、耳をふさぎ、目をそらしてしまいます。 あまりにもつらいのです。 父のことばを探しました。 1998年日本経済新聞(夕刊)に「記事」を見付けました。 (前略) 児童文学は商業的には難…
「日本に米軍の基地があるかぎり、私たちは“加害者”になり得るという意識を持って欲しい」───、石川文洋さんのことばが心に残っています。 殺人機は沖縄から出ていけ 毎日、毎日、B52はベトナム爆撃に嘉手納基地を飛びたった。沖縄の人々はその爆音に耳をふ…
沖縄の「慰霊の日」。 かって父と訪れた沖縄摩文仁(まぶに)の丘の「平和の礎(いしじ)」の風景がよみがえってきます。 刻まれていた名前のひとつひとつ、そのひとりひとりの断ち切られてしまった人生を思わずにはいられませんでした。 二十万という数だけ…