Editor's Museum「小宮山量平の編集室」

日々のできごとと思いを伝えます。

2023-01-01から1年間の記事一覧

父の言葉をいま・・・その396

“政治の腐敗”というのは、今この国のことですね。 先日無言館の館主、窪島誠一郎さんとお話していた時に、窪島さんがふとおっしゃいました。 「“ちっともいい世の中にならなかった”って、量平先生が・・・・・」──と。 そう、その父のことばをこのところ私もしき…

父の言葉をいま・・・その395

父が雑誌『サライ』の取材を受けたのは2001年の夏だったと思います。 記事は9月20日号に掲載されました。 文章はフリーライターの須田治さん(故人)、写真はフォトジャーナリストの山本宗輔さん。 お二人が父の話を聞いてくださいました。 山本さんが撮って…

父の言葉をいま・・・その394

映画『つづり方兄妹』が製作されたのは1958年。 私は小学五年生だったと思います。 先生の引率で、市内の映画館で観たことを今でも覚えています。 <私のお父さんの作った本が映画になったんだ>───。 秘かにちょっと自慢でした。 父の発想で映画化された『…

父の言葉をいま・・・その393

「小宮山量平のめぐりあい年表」。 そう題された年表がミュージアムの壁にかかげられています。 さまざまな人とのめぐりあい、そして生まれた数々の本。 父の“めぐりあい”の歴史はそのまま戦後のひとつの出版史でもあると私には思えるのです。 そして、椋鳩…

父の言葉をいま・・・その392

2006年11月23日、灰谷健次郎さんが旅立たれました。 もう17年も経つのですね。 先日(11月18日)、灰谷さんとの思い出がたくさんある神戸の街を訪れました。 11月11日から行われていた画家坪谷令子さんの個展にうかがうためでした。(於:“ギャラリー島田”)…

父の言葉をいま・・・その391

“ジェノサイド”という言葉は、父から聞いて知っていました。 決して二度とあってはならぬという思いを込めて、父は語っていたのです。 『やさしさの行くえ』(1997年週刊上田刊)に“ジェノサイド思想”と題する一文が掲載されています。 ジェノサイド思想 戦…

父の言葉をいま・・・その390

クマのことが気になっています。 このミュージアムにある『三びきのくま』を手にとって、久しぶりに読んでみました。 絵本『三びきのくま』は福音館書店から刊行されています。 初版は1962年、私が今手にしているのは、1975年刊行、31刷です。 長く読みつが…

父の言葉をいま・・・その389

10月27日、「袴田事件」の再審公判が始まったという報道に接し、私はある一冊の本を開きました。 『死をみつめてー無実を訴える九人の手記ー』(1968年理論社刊)。 “日本の良心の記録・たいまつ双書”と題されたシリーズの中の一冊です。 シリーズの最初に刊…

父の言葉をいま・・・その388

その会場に入ったとたん、父が大切にしていた一編の詩が目に飛び込んできました。 パネルが掲げられていました。 フランスの詩人、ジャン・タルジューの詩。 父が敬愛してやまなかった仏文学者・渡辺一夫先生の訳によるものです。 場所は東京の“朝日ホール”…

父の言葉をいま・・・その387

「レジスタンス」というフランス語を知ったのは、第二次世界大戦中にドイツの占領下におかれたフランスの“レジスタンス運動”からだったと思います。 抵抗運動“レジスタンス”という言葉に惹かれます。 レジスタンス精神を持っていたいと思います。 特に権力に…

父の言葉をいま・・・その386

このミュージアムの棚に置かれている『日本シナリオ文学全集全12巻』。 1巻目は木下恵介集、2巻目新藤兼人集と続きます。 「このシリーズの刊行は大きな赤字で、理論社はとても苦しい状況になってしまったんだよ」───。 父からそう聞かされていました。 その…

父の言葉をいま・・・その385

「三文オペラ」と題された文章があります。(『昭和時代落穂拾い』) ビラを配って逮捕された築地警察署でのことが書かれています。 (釈放後、第一銀行渋谷支店へ異動となった父はそこでハチ公と出会いました。先週そのことにふれました。) (前略) 初め…

父の言葉をいま・・・その384

いつだったか、父と渋谷の街を歩いていた時のことです。 「ここにいつもハチ公がいたんだよ」と父が・・・・・。 今思うと、かつて第一銀行渋谷支店のあった場所で、そこがその銀行の裏口だったのです。 なぜそんな記憶が甦ったかというと、朝日新聞9月18日付の「…

父の言葉をいま・・・その383

父が手がけた本が並ぶこのミュージアムの棚に、ずっと気になっていた一冊があります。題名が気になっていたのです。 『タスケテクダサイ』。 1970年に刊行されました。“仁保事件”について書かれた本です。 その年(1970年・昭和45年)の5月9日付の中国新聞が…

父の言葉をいま・・・その382

9月12日付の「しんぶん赤旗」の記事に心を動かされました。 “松川事件 無罪確定60年” 戦後最大級の謀略事件で冤罪事件と言われる「松川事件」の無罪確定から、9月12日で60年になります。(後略) (※)松川事件 1949年8月、福島県の国鉄東北本線松川駅─金谷…

父の言葉をいま・・・その381

1923年、関東大震災が起きた時、父は七歳でした。 『昭和時代落穂拾い』の連載(週刊上田新聞社)の中で、父は幼い日の記憶を綴っています。 (前略) 震災のときは父は珍しく元気に一族を叱咤して、柿の木の根方に四角い蚕籠を重ねて並べ、そこにゴザを敷い…

父の言葉をいま・・・その380

十数年前に行われた次女の結婚式。 式のあとのパーティーで、私は花嫁のために用意していた一通の手紙を読みました。 お祝いの気持ちと、ある自戒の念を込めて──。 奈保へ あなたのおじいちゃん、私のお父さんがかつて小さな私のために書いてくれた文章を、…

父の言葉をいま・・・その379

「終戦」ではなく「敗戦」──。 8月15日を迎えるたびに父のこのことばが甦ります。 『千曲川 第四部』を書き終えて綴った父の文章を今、読み返しています。 別れの章 長編小説《千曲川》を、ようやく書き終えることができました。何しろ八十歳に達したころか…

父の言葉をいま・・・その378

8月6日付の信濃毎日新聞は、丸木位里・俊夫妻の「原爆の図」について次のような記事を掲載していました。 第6部「原子野」の大きな写真も添えられています。 「原爆の図」にちひろの面影 1945(昭和20)年8月6日、広島に投下された原子爆弾の惨状を伝える丸…

父の言葉をいま・・・その377

土用の丑の日が終わりました。 まだまだこれからも暑い夏、忙しい日々が続くのですが、そのかすかな合い間をぬって、昨日、山田洋次監督からご招待いただいた新作の試写会にうかがってきました。 山田洋次監督と父は、1987年2月、ソビエトで開催された「科学…

父の言葉をいま・・・その376

暑い日が続いています。 例年にも増して忙しい鰻屋の夏です。 今年は7月30日が「土用の丑の日」。 思い出があります。 一年に一度だけ、父が鰻屋のカウンターに立つのです。 前かけをして、ホールからの注文を厨房に伝える役目です。 現在の建物になる前の…

父の言葉をいま・・・その375

「摩文仁(まぶに)の丘」と題された父の文章を今、読み返しています。 ──君らは死に、俺は生きてしまった!── 先週のブログに入れたこの一行がずっと心に残っています。 ふつうなら私のように思想的「前歴」のある者などは真っ先に前線の危地へと送りこんで…

父の言葉をいま・・・その374

6月22日、102歳で画家野見山暁治さんが逝かれました。 信濃毎日新聞(7月3日付)に、“野見山暁治さんを悼む”と題した窪島誠一郎さんの文章が掲載されました。 「生き残った者」の葛藤と呵責 (前略) 私の営む戦没画学生慰霊美術館「無言館」(上田市)は、…

父の言葉をいま・・・その373

詩人のまど・みちおさんと父とがひさしぶりに対面した時のことは今でもよく覚えています。 1998年3月23日、その日、「路傍の石文学賞」の授賞式が、当時東京お茶の水にあったカザルスホールで行われました。 『千曲川ーそして明日の海へー』で特別賞をいた…

父の言葉をいま・・・その372

「きりんの子」──。 かつて児童詩誌『きりん』に詩を寄せていた子どもたちのことを、父はそんなふうに呼んでいました。 その「きりんの子」のその後を、『きりん』に最初から深くかかわり続けた詩人、足立巻一さんが訪ね歩いた記録が残されています。 『詩の…

父の言葉をいま・・・その371

「父の日」から3日が経ちました。 お父さんを囲んで鰻を召し上がってくださるご家族がいたり、お父さんにうな重をお届けする方がいたり・・・・・、うれしいけれど大忙しの一日でした。 「父の日」。 11年前に父は逝ってしまったけれど、こうしてこのブログを綴り…

父の言葉をいま・・・その370

“「編集者の部屋」の夢”──。 父の手描きの文字で題名を記した文章が遺されています。(エディターズミュージアムのパンフレット) 「編集者の部屋」とでも申すべき場所がふるさとの上田に生まれました。 と言っても、15、000冊ほどの本の置き場所ができただけ…

父の言葉をいま・・・その369

先日、SBC信越放送のカメラが鰻屋「若菜館」に入りました。 上田と金沢・富山を結んで、その土地で100年以上続く老舗を旅するという企画です。 上田では四軒の店をゲストのおふたりが巡ります。 そのうちのひとつが「若菜館」。女将である私が案内役をさせて…

父の言葉をいま・・・その368

小冊子『Book Lunch あある』。 “あある”は理論社の頭文字Rから名付けたのだと思います。 1984年に刊行されたそのNo.1は、 灰谷健次郎特集号「ぼくこどもに惚れてんねん」 全ページ、子どもの詩で埋めつくされています。 そして、その詩について灰谷さんが語…

父の言葉をいま・・・その367

先日観た劇団文化座公演の『母』の原作者、三浦綾子さん。 父の蔵書の中に『銃口』の上・下巻があります。(三浦綾子作・小磯良平カバー装画、1993年3月10日・小学館刊) 父はこの『銃口』について以下のような文章を遺していました。 (『地には豊かな種子…