Editor's Museum「小宮山量平の編集室」

日々のできごとと思いを伝えます。

2024-01-01から1年間の記事一覧

父の言葉をいま・・・その442

つい先日、“上皇さま91歳に”という報道に接しました。 上皇さまがお生まれになったのは1933年の12月23日です。 私は今ある感慨をいだきながら『千曲川 第一部』の最後の数十ページを読み返しています。 「第一銀行給仕」となった“ぼく”。 大倉高等商業学校の…

父の言葉をいま・・・その441

12月15日付“しんぶん赤旗”の読書欄です。 『山田洋次が見てきた日本』 クロード・ルブラン著 大野博人、大野朗子訳 フランス人「ちがう景色」への探求 フランスのジャーナリストのクロード・ルブランによる『山田洋次が見てきた日本』は800ページ近い大著。…

父の言葉をいま・・・その440

83年前の1941年12月8日。 日本軍による真珠湾攻撃が行われた日。 『千曲川第三部』の終章に父の記述があります。 おわりに その日、昭和十六(1941)年十二月八日の昼近くには、どうやらラジオの放送も一般向けの形が整えられて、アメリカ・イギリス・オラン…

父の言葉をいま・・・その439

動物文学で世界的に知られているビアンキの『森の新聞』が理論社から刊行されたのは1957年。 弟小宮山俊平はこの時7才でした。 それから約10年後の1968年、『ビアンキ動物記全22巻』、続いて『ビアンキのこども動物記全7巻』が父の編集で刊行されました。 …

父の言葉をいま・・・その438

今から20年前、2004年10月5日付の信濃毎日新聞。 “新聞週間特集”として、父へのインタビュー記事が掲載されました。 (ブログ 父の言葉をいま…その432) 灰谷健次郎さんのメッセージが添えられています。 人間のいとおしさ伝え続ける 小宮山さんは敗戦後、日…

父の言葉をいま・・・その437

昭和23年、大阪で創刊された児童詩誌『きりん』の刊行を父が引き受けたのは昭和37(1962)年のことです。 その時の思いを父はこう語っていました。 このしごとをおひきうけするとき、私は、「子どものために」とか、「××教育のために」とか――そんな枠や目的…

父の言葉をいま・・・その436

先週のブログに書いた「9条の碑」の除幕式について、11月8日付の朝日新聞(長野県版)は次のように伝えていました。 「9条無傷のまま次世代に」碑に願う 上田・「無言館」近くに建立 平和を発信 戦没画学生の作品を展示する上田市の「無言館」近くの木立の…

父の言葉をいま・・・その435

きょう11月6日付の「しんぶん赤旗」、東海・北陸信越のページです。 「9条の碑」各地で除幕式平和希求し追求する @長野 長野県上田市で4日、戦没画学生慰霊美術館「無言館」の近くに建立された「憲法9条の碑」の除幕式が開かれました。秋晴れで強い日差し…

父の言葉をいま・・・その434

『悠吾よ!』(絵 坪谷令子 2006年こぶし書房刊)の “はじめに”として書かれた父の文章を読み返しています。 はじめに 《悠吾よ!》というこの一冊は、思いがけなくも奇抜な固有名詞を冠しての出現となりました。もともと本書は「ふるさと人への手紙」と題し…

父の言葉をいま・・・その433

先日、10月20日付の朝日新聞に「上皇后さま90歳の誕生日」と題された大きな特集記事が掲載されていました。 “寄り添って 祈る平和”、そして “子どもと本への思い 言葉に込め”――と。 「皇后さまと児童文学」という父の一文が残されています。(「20世紀人のこ…

父の言葉をいま・・・その432

10月15日から21日の一週間は「新聞週間」です。 2004年10月15日付の信濃毎日新聞が今ここにあります。 「新聞週間特集」として企画された記事を読み返しています。 15日、新聞週間が始まった。混迷の時代に、新聞はこれまで以上に役割を果たすよう、求められ…

父の言葉をいま・・・その431

2012年に父が亡くなって以来、母と二人で暮らしていた弟俊平が急逝して二ヵ月あまりが経ちました。 一人になってしまった母のそばにできるだけいようと、足繁く通う日々が続いています。 通いながら母の住む家の大掃除を始めました。 今、古い土蔵の中の片づ…

父の言葉をいま・・・その430

『千曲川ーそして明日の海へ』(1997年刊)。 巻頭に父はこのような感謝の思いを記しています。 戦後すぐ1947年に私は理論社を創業して出版人としての歩みを始めました。以来五十年、このユニークな社業を支えつづけてくれた多くのスタッフたちが、この《千…

父の言葉をいま・・・その429

9月10日付の「しんぶん赤旗」。 “「赤旗」日曜版にJCJ大賞”という大きな見出しがありました。 日本ジャーナリスト会議(JCJ)は9日、すぐれたジャーナリズム活動を表彰する今年度の第67回JCJ大賞に、「しんぶん赤旗」日曜版の「自民党派閥パーティ…

父の言葉をいま・・・その428

父が『千曲川ーそして明日の海へ』(理論社)を書き上げたのは1997年。 作品はその年の「路傍の石文学賞特別賞」に選ばれました。 「路傍の石文学賞」は『路傍の石』や『真実一路』などの作品で知られる作家・山本有三を記念して石川文化財団が設立した文学…

父の言葉をいま・・・その428

父が『千曲川ーそして明日の海へ』(理論社)を書き上げたのは1997年。 作品はその年の「路傍の石文学賞特別賞」に選ばれました。 「路傍の石文学賞」は『路傍の石』や『真実一路』などの作品で知られる作家・山本有三を記念して石川文化財団が設立した文学…

父の言葉をいま・・・その427

1984年『竹中郁少年詩集 子ども闘牛士』が理論社から刊行されました。 「竹中先生について」と題された足立巻一さんによる“あとがき”があります。 竹中郁先生は、1982年3月7日、七十七歳でなくなられました。 この詩集は、先生が日本の少年少女に贈り遺され…

父の言葉をいま・・・その426

「『きりん』がいちばん大事だよ」 亡くなる間ぎわに言った父のことばは今でも私の心に残っています。 1948年(昭和23年)、大阪で創刊された児童詩誌『きりん』を理論社が引き継いだのは1962年(昭和32年)のことでした。 父の文章が残っています。(一枚の…

父の言葉をいま・・・その425

『人生のはじめ マルシャーク自伝』が父の編集によって理論社から刊行されたのは1968年のことです。 その後1980年には『マルシャークのこどもの芝居』全3巻が刊行されました。 第一巻には「12の月の物語」、「うちのヤギさん」がおさめられています。 『人…

父の言葉をいま・・・その424

『愛になやみ死をおそれるもの』(1950年理論社刊)というアンソロジーに父がペンネームで書いた「私はお前をえた」という文章。 たんじょう日から私が3歳になるまで、父は日記の形で私に語りかけています。 その原文となった父の自筆の日記が今、私の手もと…

父の言葉をいま・・・その423

思いがけず何かが見つかるということがあるのですね。 父が住んでいた家の片隅に小さなパネルがありました。 物の陰になっていて気づかずにいたのですね。 パネルはなつかしい父の自筆で、こんなふうに書かれていました。 創作児童文学の誕生 理論社は「創作…

父の言葉をいま・・・その422

またNHK朝ドラの「虎に翼」です。 主人公の寅子さんとやがて再婚することになる判事の航一さんが、ある秘密について告白する場面が先週の金曜日(8月2日)に放映されました。 娘と孫を空襲で亡くし、思い出して号泣する弁護士に、航一さんは、なぜ「すみ…

父の言葉をいま・・・その421

2010年6月から7月にかけて南アフリカ共和国で行われたFIFAワールドカップに寄せた父の文章が遺されています。(2010年7月7日付朝日新聞長野版) W杯観戦 南アの「歴史」重ね 6月の初め、サッカーW杯大会の開幕が近づくのにつれ、何人かの新聞記者の訪問を…

父の言葉をいま・・・その420

『昭和時代落穂拾い』(1994年刊)の118章に「ある長編小説の死」と題された一文があります。 1947年(昭和22年)『季刊理論』創刊号が刊行された時のいきさつです。 たまたま『季刊理論』の創刊号に自ら筆をとって、《敗戦》と題する大長編小説の第一部の冒…

父の言葉をいま・・・その419

7月の思い出です。 2005年7月8日に、エディターズミュージアムが開設しました。 パンフレットに記した文章を読み返しています。 小宮山量平が理論社を創設したのは昭和22年(1947)のことです。当時の編集室は、東京丸の内のビルの廊下の片すみでした。その…

フランス国民議会選挙

7月7日に行われたフランス国民議会選挙のゆくえを見守っていました。 結果は左派四党の共闘組織「新人民戦線」が最大勢力に――。 よかった……。 大切にしていた本を取り出してきました。 『フランス ジュネスの反乱』(山本三春著 2008年大月書店刊) 作家の雨…

父の言葉をいま・・・その418

NHKの朝ドラ『虎に翼』を続けて見ています。 先週、前作『ブギウギ』とのなんとも嬉しいコラボがありました。 家庭裁判所の存在を広く知ってもらうために企画された「愛のコンサート」。 出演歌手が『ブギウギ』に出ていた茨田りつ子さんだったのです。 …

慰霊の日

6月23日、「慰霊の日」。 灰谷健次郎さんの『太陽の子』(1978年理論社刊)をまた手に取っています。 この一冊を読めば、沖縄の心、沖縄の痛みがわかる……、私はずっとそう思い続けています。 2011年1月1日から1月4日にかけて毎日新聞の兵庫県版に掲載された…

父の言葉をいま・・・その417

『細川嘉六著作集』全三巻(1973年理論社刊)。 編集者であった父は、それに続く補巻を計画していたのですが、実現されることはなく、資料だけがこのミュージアムに保存されていました。 その補巻がこの5月、『河童自伝』として刊行されました。(六花出版…

『風の耳朶』そして無言館

先月末、「ベルサイユのばら50 ~半世紀の軌跡」という公演に行ってきました。 “ベルばら”に特別な思いがあったわけではないのですが、かつて主要な役を演じた方たちのトークと歌のステージの出演者の中に麻実れいさんの名前があったからなのです。 麻実れ…