Editor's Museum「小宮山量平の編集室」

日々のできごとと思いを伝えます。

2015-02-01から1ヶ月間の記事一覧

父の言葉をいま・・・その7

敗戦後、上田に帰った父は、駅前の一隅で「千曲文化クラブ」を始めました。戦後の生き方をさぐる若者たちに、まずたくさんの本を読ませたい。自ら学ぶことの喜びを知って欲しい・・・・・、父は自らの蔵書に番号をふって、文化クラブの棚に並べたのです。 1200冊…

父の言葉をいま・・・その6

「私はお前をえた」のもととなった父の日記は、1955年まで綴られていて、今、私の手もとに遺されています。 ただ。1950年11月に刊行された『愛になやみ死をおそれるもの』では1950年8月1日付の日記が最後となっています。 娘にむかって、こ…

父の言葉をいま・・・その5

「季刊理論」の創刊号に自らが筆をとった「楯に乗って」という文章は、GHQの検閲によって、あとかたもなく削除されてしまったのです。その無念さを、後に父はこう記しています。(前略)──日本の敗戦は、四五年八月十五日に完遂されたのでなく、同胞の自…

父の言葉をいま・・・その4

1947年。私が生まれた年の4月に「季刊理論」が創刊されました。巻頭にかかげられた言葉は、 同胞(とも)よ 地わ 貧しい われら わ ゆたかな 種を まかなけれ ば ならない ーノヴァーリスー (当時掲載されたまま) 理論社創業の場所は、“千代田区丸之…