Editor's Museum「小宮山量平の編集室」

日々のできごとと思いを伝えます。

ことば

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父の言葉をいま・・・その514

7月11日の朝日新聞に大きな広告が掲載されていました。 「2027年 岩波文庫創刊100年」新しく、あるいは久しぶりに、あるいはいつも通りに、岩波文庫とたくさん出会っていただけますように――1927年7月10日が、私たちの誕生日。100年分の感謝をこめて、記念企…

父の言葉をいま・・・その513

灰谷健次郎さんの『兎の眼』(1974)と『太陽の子』(1978)。 「太陽の子」の刊行に併せて、同じ年、この二冊の文芸書版が刊行されることになりました。 そのことについての父の文章があります。(『子どもの本をつくる』1984年エディタースクール出版部刊)…

父の言葉をいま・・・その512

2016年7月7日、10年前の七夕の日に永六輔さんは旅立たれました。 一年に一度の再会が許されるという伝説の日。 「きっと今頃、母と会っていると思います」――。 新聞紙上にあった次女真理さんの言葉が忘れられません。 永さんが初めて上田で講演してくださっ…

父の言葉をいま・・・その511

「圧巻」という言葉を使うことはあまりないのですが、読むたびに「圧巻だっ!」と思わずにはいられない文章があります。灰谷健次郎さんの『太陽の子』(1978年理論社刊)。 沖縄差別に怒って暴力事件を引き起こしたキヨシ少年を取り調べようとする警察官に向…

父の言葉をいま・・・その510

きょう、6月21日は「父の日」です。 今私は1998年6月18日付の毎日新聞(夕刊)を手にしています。 びっくりしました。あの年も「父の日」が6月21日だったのですね。 記事の大きな見出しは“日本一あったかい詩集「おとうさん」”。 筆者は何度も『きりん』の取…

父の言葉をいま・・・その509

2010年に南アフリカで行われたサッカー・ワールドカップ。 開幕を前に朝日新聞の記者さんが取材にみえました。 開幕当日、6月11日付の記事です。 アフリカよ、お前の晴れ舞台だ 11日、南アフリカでサッカー・ワールドカップ(W杯)が始まる。94歳になった長…

父の言葉をいま・・・その508

「無知と無恥」と題された灰谷健次郎さんの文章があります。 (『アメリカ嫌い』1999年朝日新聞社刊) 国が前面に出て、何か指図するときは危ない。 日の丸・君が代の法制化を検討するという。ちょっと待ってくれ、それは……と思わず声が出た。 露骨といおう…

父の言葉をいま・・・その507

昨日、幕を開けた劇団文化座の芝居「母」。 劇団の代表でもいらっしゃる佐々木愛さんの“女優生活六十年企画”の芝居です。 小林多喜二の母を愛さんが演じられています。 治安維持法のもと、検挙され築地警察署で虐殺された小林多喜二。 父の文章があります。 …

父の言葉をいま・・・その506

1916年(大正5年)5月12日。父が生れた日です。 今年も5月12日がめぐってきました。 父の110歳の誕生日です。 『昭和時代落穂拾い』(1994年刊)に「5月12日」についての記述があります。 たくさんの悲劇と あの敗戦の月日を悲劇と言うのならば、その決定的…

父の言葉をいま・・・その505

日本国憲法を擬人化した一人芝居「憲法くん」を三十年近く演じ続けていられる松元ヒロさん。 2018年、上田での公演をお願いしたことがありました。 そのことを伝えた「週刊上田」の記事です。(2018年9月15日付) 松元ヒロ Live in うえだ開催 「憲法くんは…

父の言葉をいま・・・その504

「クマさん」こと篠原勝之さん。 訃報に接し(4月17日)、篠原さんが父を訪ねて上田へいらした時のことを思い出しています。 1996年4月、当時の週刊上田の記事です。 小宮山量平さん“クマさん”とテレビ出演! 新番組「あなたに逢いたい! 芸能人の㊙過去を完…

父の言葉をいま・・・その503

2003年4月29日、「無言館」で第一回目の成人式が行われました。 1月27日付の信濃毎日新聞です。 上田・無言館で4月に成人式 戦地に散った青春の夢感じ・・・ 自分で祝う門出 戦没画学生慰霊美術館「無言館」(上田市古安曽)は四月二十九日、初めての成人式…

父の言葉をいま・・・その502

きょう、4月13日。父の命日です。 亡くなった日の翌日、2012年4月14日の信濃毎日新聞の「斜面」です。 混迷のただなかで羅針盤を失った――。編集者・小宮山量平さんの訃報に接しての思いである。次の時代はどうあるべきか、どう生きるべきかを考えるとき、足…

父の言葉をいま・・・その501

「父の言葉をいま・・・その1」を書いたのは2015年1月16日。 前回のブログが“その500”になりました。 もう一度父の言葉を聞きたい、もし今父がいたら何て言うだろう・・・。 そのような思いを込めて始めたブログでした。 父の言葉に励まされ、あるいは背中…

父の言葉をいま・・・その500

1947年、日本人の“自立的精神の誕生”を願って『季刊理論』の創刊号に父が書いた文章はGHQの検閲を受け、あっけなく削除されてしまいました。 1950年に始まった朝鮮戦争の特需にわく日本。 そのような状況の中で、子どもの本づくりに向かおうとした父の思いで…

父の言葉をいま・・・その498

父が書いたチャップリンの伝記『笑いと涙の芸術家チャップリン』は、1958年に刊行されました。 “まえがき”です。 (前略) チャーリー・チャップリン! かれは、誰しもの心に、ふかいふかい微笑をたたえた顔でよみがえります。かれは、すぐれた政治や、およ…

父の言葉をいま・・・その497

先日テレビで、録画してあった映画「父と僕の終わらない歌」(2025)を観ました。 かつて歌手になることを夢見ていた父親。認知症になって徐々に記憶を失っていきます。 けれど、「歌っている時の父は昔のままだ」――、息子がそのことに気付いて父親を支えよ…

父の言葉をいま・・・その495

2015年5月31日、永六輔さんが最後にお越しくださった「うの花忌」、 開催の「お知らせ」です。 「うの花忌」 ― 地には豊かな種子を ― お客さま 永 六輔さん「この国のありようを目のあたりにして、今、灰谷さんの言葉をうかがいたい。父の言葉を聞きたい、そ…

父の言葉をいま・・・その494

思わず「広辞苑」を取り出してきました。 “あんたんたる想い”と書きたいのに漢字がわからなくて……。 それにスマホで調べることには抵抗があって……。 わかりました、漢字、「暗澹」。 意味は「希望などを失って暗い気持ちでいるさま」――と。 そう、“暗澹たる…

父の言葉をいま・・・その493

2012年、父が亡くなった年の節分のことです。 上京した父が重い荷物を持って帰ってきました。 腰が痛いと言っていたので、私は思わず「そんな重いものを持つなんて」父を責めたのです。 「どうしても彼女たちに渡したかったんだよ」と父。 手に持っていたの…

父の言葉をいま・・・その492

前回引用した『愛になやみ死をおそれるもの』は、1950年、朝鮮戦争が勃発し、この国がいわゆる「朝鮮特需」という状況の中で刊行されました。 編集者として、父は巻頭に次のような文章を記しています。 七十五年も前に書かれた文章なのに、まるで今のこの国…

父の言葉をいま・・・その491

無言館の館主、窪島誠一郎さんの連載を読み続けています。 “しんぶん赤旗”の日曜版、『「無言館」のうた』。 毎回一枚の絵と、その絵を遺して逝った若き画学生について窪島さんが語ります。 短い生涯を彼らがどんなふうに生きたか、誰を愛し、どのような未来…

父の言葉をいま・・・その490

「少数派だ」と思うことがあります。 そのたびに父の言葉を思い浮かべます。 2003年に行われた連続講座「現在(いま)を生きる哲学」。 父が語ったひと言にずっと支えられてきました。 少数派が少数派のまま輝いていることが大切です。 『地には豊かな種子(…

父の言葉をいま・・・その489

今年の年賀状をお届けします Bonne Année ! 『悠吾 よ』が刊行された時3歳だった孫の悠吾が 23歳になりました。 椋太は17歳、泰平はもうすぐ16歳です。 未来に向かって歩んでいます。 かつて、多くの若者たちが その未来を断ち切られた「戦争」がありました…

父の言葉をいま・・・その488

エディターズミュージアム「小宮山量平の編集室」は、2005年に開設しました。 二十年目のこの年が暮れようとしています。 ふと、パンフレットに私自身が記した文章を読み返してみました。 小宮山量平が理論社を創設したのは昭和22年(1947)のことです。当時…

父の言葉をいま・・・その487

父が元気だった頃、毎年クリスマスが近づくと、そう、ちょうど今頃、一本の赤ワインが父あてに届きました。 送ってくださったのは岩波ホールの総支配人でいらした高野悦子さん。 2006年の12月にはこのようなお手紙をいただいています。山田洋次監督の「武士…

父の言葉をいま・・・その486

このところさかんにテレビから流れてくるお知らせ。(長野地方局) 「八十二銀行と長野銀行は、2026年1月1日に合併し、八十二長野銀行となります」――。 1931年に生まれた八十二銀行、その誕生の様子を垣間見ていた少年がいました。 『千曲川』の主人公、「ぼ…

父の言葉をいま・・・その485

武田砂鉄さんの著書に『なんかいやな感じ』(2023年 講談社)というのがあります。 この社会に染みこんでいる「いやな感じ」はどういう蓄積物なのかを見つめようとした記録である。(武田砂鉄) 題名にひかれて先日購入しました。 なんかいやな感じ──、そう…

父の言葉をいま・・・その484

毎回、「そうだ、そうだ!」とうなずきながら読む記事があります。 朝日新聞の“多事奏論”、編集委員高橋純子さんの文章です。 11月8日付では――。 消音にしているはずのテレビから、キャピッ、キャピキャピッと音がする。画面の中で高市早苗首相が、トランプ…

父の言葉をいま・・・その483

俳優座で父と一緒に観た舞台「森は生きている」。 初演は1954年、私は小学校一年生でした。 でもよく覚えています。 わがままな女王さまのために、まま母の命令で真冬の森にマツユキソウをさがしに行くみなし子の女の子。 すると12月の月の精が現れます。 そ…