Editor's Museum「小宮山量平の編集室」

日々のできごとと思いを伝えます。

2020-01-01から1年間の記事一覧

父の言葉をいま・・・その256

なんだかうやむやなままこの一年が終わろうとしています。 「学問の自由」への介入───。 不安が胸をよぎります。 思想統制への流れがしのび寄ってくるような怖さを感じるのです。 信濃毎日新聞がこの夏、8月15日を前に「思想監視─公文書・記録は語る─」とい…

父の言葉をいま・・・その255

最近ずっと気になっていた言葉があります。 日本学術会議における任命除外の問題が語られる時、何度かその言葉を目にしました。 ドイツ人、マルティン・ニーメラー牧師(1892~1984)の言葉です。 引用されている部分に心をひかれて、全文を読んでみたいと思…

父の言葉をいま・・・その254

父がいただいた多くの手紙、ハガキの整理を続けています。 父は返信したものには必ず“スミ”と丸で囲んで記していました。 何とたくさんの“スミ”をしたのでしょう。 一緒に行った旅先で、あるいは美術館で、必ず絵はがきを買いもとめていた父を思い出します。…

父の言葉をいま・・・その253

わら半紙を少し厚くしたような、きばんだ小さなハガキが残されています。 1951年(昭和26年)、父あてに届いたある展覧会のお知らせです。 “ご無沙汰いたしました。いろいろおせわになりました” そう添え書きがありました。 原爆の図美術展覧会 丸木位里・赤…

父の言葉をいま・・・その252

「それにしても創作児童文学出版の道は険しかった」───。 (『昭和時代落穂拾い』より) それでも父は歩みはじめました。1959年のことです。 1967年、東京の椿山荘で行われたパーティーのことはよく覚えています。 母と下の弟の民人といっしょに、私も参加さ…

父の言葉をいま・・・その251

創作児童文学作品の刊行をはじめた頃(1959年)のことを、父はこんなふうに記しています。民間文部省の心得 それにしても創作児童文学出版の道は険しかった。今では信じられないことであるが、あの学校図書館法が成立した直後のころ、子どもたちの本棚といえ…

父の言葉をいま・・・その250

11月5日、私の誕生日です。 私が生まれた日の父の日記が『愛になやみ死をおそれるもの』(共著 1950年理論社刊)に収められています。 1947年、父は上京し、『理論社』をおこしました。 「季刊理論」創刊号を4月に刊行。 その年の11月に私が生まれたのです。…

父の言葉をいま・・・その249

2005年6月25日に亡くなられた長新太さん。 戦後創作児童文学への道を同志として父と共に歩み、『千曲川』第四部までの表紙とさし絵を描いて、父を励ましつづけてくださいました。 第五部 “希望=エスポワール” を書こうとしていた父にとって、長さんの不在は…

父の言葉をいま・・・その248

『千曲川 第四部』の中の“学徒出陣”のさし絵を前に、それを描かれた長新太さんのことを思っています。 『千曲川』の第一部から第四部まで、表紙とさし絵を全部担当してくださった長さん。 “ぼく”であり、“その子”であった父にずっと寄り添っていてくださった…

父の言葉をいま・・・その247

『千曲川第二部 青春彷徨』。 東京商科大学の学生だった“ぼく”は、光くんという少年と出会います。 《求むアルバイト──家庭教師5、》 その掲示を見たとたん、ぼくの心が動いたのは、なぜだろう。 (本文より) 正に、光くんはぼくの心を射ぬいてしまった。あ…

父の言葉をいま・・・その246

2015年の年賀状に、私はこのような文章を書きました。 昨年の暮れ、16度目のパリを訪れました。 ナチスとユダヤに関する資料が展示されている「ショア記念堂」。 隣りの小学校の壁には、フランスの警察に連行され アウシュビッツへ送られた子供達の名前が刻…

父の言葉をいま・・・その245

児童詩誌「きりん」がB5版になってから休刊となるまでの4年間、刊行された6冊の表紙はそれぞれ、長新太さん、井上洋介さん、田島征三さん、瀬川康男さん、宇野亜喜良さん、赤坂三好さんが担当されています。 若い日の画家の方たちが「きりん」を支えてくださ…

父の言葉をいま・・・その244

「灰谷さんからの手紙」と題した父の講演会が行われたのは、灰谷健次郎さんの一周忌をまえにした2007年11月17日でした。 (前略) 「子どもに教わるという灰谷さんの考え方は、彼がいない今こそ大切」と訴えた。 ミュージアムで展示中の灰谷さんからの手紙な…

田島征三展のおしらせ

田島征三さんからお知らせをいただきましたので、みなさまにもお知らせいたします。 田島征三展 ふきまんぶく -それから、そして、これから 時:2020年9月4日(金)~11月30日(月) 場所:安曇野ちひろ美術館 ☎:0261-62-0772 (HP:chihiro.jp ) 〒399-8…

父の言葉をいま・・・その243

「日本読書新聞」に連載された“わが友”。 灰谷健次郎さんについて綴った文章には、 “「あそびましょ」と・・・・・”という題がつけられていました。 わが友 *・・・お聖さんとカモカのおっちゃんにあやかるわけではないが、私たちも「あそびましょ」と、互いに訪ね…

父の言葉をいま・・・その242

1982年の秋、父は「日本読書新聞」に連続で3人の“わが友”について綴っています。 住井すゑさん、灰谷健次郎さん、そして五味川純平さん。 父あての五味川さんの手紙が遺されています。 封筒には1981年10月2日の消印が・・・・・・。 過日は熱い心の溢れるような御…

父の言葉をいま・・・その241

作家・住井すゑさんの未公開の日記が発見されたことを8月24日付の朝日新聞が報じています。 解説=輝かしい原点を! あの大河のような長編小説『橋のない川』の作者である住井さんについては、今では、誰ひとりとして知らぬ者はないといってもいいでしょう。…

父の言葉をいま・・・その240

この上田市でもコロナの感染が拡がっています。 人影もまばらな駅周辺。 こんな日々がいつまで続くのかな・・・・・と。 8月22日付の朝日新聞の記事。 「僕と私のコロナの日々─小中学生の作文、教育誌に─」が心に残っています。 コロナ禍による長い休校の中で、そ…

父の言葉をいま・・・その239

『八月がくるたびに』の絵を描かれた“クマさん”こと篠原勝之さん。 「亡くなった小宮山さんに会いたくなった」──と、2016年の夏、このミュージアムを訪ねてくださった毎日新聞の鈴木琢磨さんは、そのあと篠原さんに会われて、記事の中に以下のように記されて…

父の言葉をいま・・・その238

毎年八月になると、ふと手にとって開いてみる一冊の本があります。 『八月がくるたびに』(おおえひで・作、篠原勝之・絵、1971年理論社刊)。 篠原さんは“ゲージツ家・クマさん”です。 1945年8月9日、長崎で被爆した“きぬえ”が主人公です。 その時、きぬえ…

父の言葉をいま・・・その237

「こどもの本・九条の会」は発足から12年目を迎え、現在会員は1,000人を超えているとのことです。 先週ここに引用した田畑精一さんを追悼する記事は、絵本作家浜田桂子さんの以下のような言葉で結ばれています。 (前略) 「戦争なんて大きらい」はそう言え…

父の言葉をいま・・・その236

灰谷健次郎さんの『太陽の子』(1978年理論社刊)。 表紙の絵も、数々のさし絵も私の心に深く刻まれています。 それらを描かれた絵本作家の田畑精一さんが、この6月に89歳で亡くなられました。 作家の古田足日さんとタッグを組んでつくられたという『おしい…

父の言葉をいま・・・その235

会いたい人に会えない───、 行きたい所へ行けない───、 観たいものが観られない───、 心の中にたくさんの願いごとをかかえながら、ふと思い出したのは、茨木のり子さんの一編の詩でした。 父の蔵書だったのか、母が大切にしていた詩集だったのか、今は私の本…

父の言葉をいま・・・その234

4年前、2016年の7月7日に亡くなられた永六輔さんのことがしきりに思い出されます。 次女の方が悲しみの中で語っていらしたように、天の川を渡って最愛の奥様に会いに行かれたのですよね。 エディターズミュージアムのオープンは、今から15年前の7月9日でした…

父の言葉をいま・・・その233

2003年、上田ケーブルビジョンの社屋で行われた「小宮山量平連続講座」が、「UCVアーカイブス」(UCV1チャンネル)で再放送していただけることになりました。 『現在(いま)を生きる哲学』と題した連続講座でした。 当時の週刊上田の記事です。 「戦争のな…

父の言葉をいま・・・その232

さまざまなことが少しずつ解除されていく中で、「新しい生活様式」にとまどっています。 マスクにフェイスシールド、そしてあたり前のようにどこにでも見られるようになった透明なビニールシート。 日常が取り戻されたかに見えても、風景がすっかり変わって…

父の言葉をいま・・・その231

山田洋次監督の新作の試写会に毎回必ず招待していただけるのは、父とのつながりを大切にして下さっていた監督のお気持ちがあってのことだと思っています。 今年の暮れに完成予定だった『キネマの神様』。 志村けんさんの舞台あいさつを楽しみにしていたので…

父の言葉をいま・・・その230

『チャップリン─笑いと涙の芸術家』。 父が執筆し《少国民の偉人物語文庫》の一冊としてこの本が岩崎書店から刊行されたのは1958年。 私は小学校六年生でした。 すり切れた表紙の本が今、目の前にあります。 父に手渡された時からずっと、チャップリンと父は…

父の言葉をいま・・・その229

先日、BSで放映された「飢餓海峡」を観ました。 観たい観たいと思いながら、なかなかその機会を得られなかった作品です。 (1964年、水上勉原作、内田叶夢監督) 三國連太郎主演。左幸子が演じた娼婦はとりわけ心に残りました。 三國連太郎さんについて書い…

父の言葉をいま・・・その228

やっと行われた小学校の入学式。 広い体育館で、間隔をあけて座るこどもたちの姿に胸が痛みます。 「緊急事態」が解除されたとはいえ、人と人との間にある距離は、残されたままです。 いのちを守ることが第一という状況を踏まえながらも、この距離をどう埋め…