Editor's Museum「小宮山量平の編集室」

日々のできごとと思いを伝えます。

父の言葉をいま・・・その247

 『千曲川第二部 青春彷徨』。
 東京商科大学の学生だった“ぼく”は、光くんという少年と出会います。


 《求むアルバイト──家庭教師5、》
 その掲示を見たとたん、ぼくの心が動いたのは、なぜだろう。

     (本文より)

 正に、光くんはぼくの心を射ぬいてしまった。あの時のあの感じと言えば、ずうっと後年になって、ドイツの作家トマス・マンによる『ベニスに死す』という作品を読んだとき、はじめて思い当たった。あの一しゅんに、まぎれもなく一人の「美少年」を見たのである。
 光くんの美しさと言えば、人間が生まれてそのまま、すうっと人間として育ってしまった汚れの無さとでも言うべきだろうか。そんな美しさに惹かれて、その夏の土曜日毎に西片町へと向かうこととなったぼくの心ははずんだ。   (中略)


 そして“ぼく”と光くんとの青春の日々が始まります。
 けれど───、


 その光くんが、そんな青春の日々から数年の後には、もうこの世の人ではなくなりました。たしか、あの日からまる三年の後に、彼は、ぼくと同じ学園の予科へと入ってきたはずです。
 むろん専門部の学生であったぼくは卒業して社会人となっておりました。更に二年余の後、ぼく自身が軍務に服していた昭和十八年の秋には、この光くんも、あの学徒出陣という至上命令に召されて、そのまま遂に還ってくることはありませんでした。   (後略)


 1943年、七十七年前のきょうのことが『千曲川第四部青春新生』に記されています。
 父の文章とともに映像が浮かんできて、胸がしめつけられるのです。


 (前略)
 昭和十八年の十月二十一日のことである。東京の明治神宮外苑競技場で、東京近在の大学およそ八十校近くの学生四万人余が、いわゆる学徒壮行の行進を挙行した。
 激しい雨中を行進する学生たちの一歩一歩の足許から、容赦もない泥濘(でいねい)がしぶきとなって散った。その隊列毎に捧げられる敬礼に重々しく応答するのは、宰相東條英機その人であった。
 この年の正月元旦の朝日新聞主筆緒方竹虎の肝入りで、長年の盟友中野正剛の筆に成る「戦時宰相論」を掲げ、それとなく独裁的国家への傾斜を戒め、この戦争の収束への途を促していた。けれども、その論説を掲げた新聞は、容赦もなくきっぱりと発売禁止処分に付されていた。以来、明からさまに反政府の徒として監視される身となっていた中野正剛は、同じ十月二十一日に憲兵隊によって逮捕されてしまった。
 もちろん政府要人の中にも、この逮捕を不当として戒める者もあって中野正剛は一時帰宅の身となったのであるが、その時彼の胸中を襲ったのは政治的な驕慢への怒りと言うよりは、祖国の前途を見つめての深い絶望感であったという。
 (中略)
 その年の年末に近く出陣した光くんが、南方戦線へと向かう輸送船もろとも東シナ海に沈没し、遂に還らぬ人となったことを先ずみどり母さんが知らされたのは、昭和十九年三月になってからのことである。  (後略)



 “ホンネとタテマエ”と題した文章が遺されています。
 (『昭和時代落穂拾い』1994年 週刊上田新聞社刊)


 今にして思えば、あれほどの大戦争へと私たちがのめりこんでいった一歩一歩を導いたのは、じつにみごとなタテマエの押しつけであった。
 戦後に私が創作児童文学の出版に心血を注ぐことになったとき、その新しい流れの先頭に立った作家の第一人者が山中恒さんであった。『赤毛のポチ』『とべたら本こ』などの長編秀作を発表した彼が、あたかも憑かれたように、かえりみて戦中の子どもにのしかかってきた国策の内容を克明に再調査し始めたのである。
 それが全五巻(プラス補巻一)の大著作となって、今では知られざる国宝のように孤高の光を放っているのだ。
 第一巻=ボクラ少国民
 第二巻=御民ワレ
 第三巻=撃チテシ止マム
 第四巻=欲シガリマセン勝ツマデハ
 第五巻=勝利ノ日マデ・・・・・・・・と、いずれも七百ページからの大冊となった大著作のために『辺境』という雑誌の舞台を提供しつづけたのは、つい先日悲愴なガン死を遂げた主宰者の井上光晴さんであった。
 これら五巻の大資料集の題名を見ただけで、いま六十代以上の大人たちならば、きりきりと心が痛むに違いない。
 (中略)
 いわば国家のタテマエによって心を奮い立たせられる日々であった。けれども、そんなタテマエの陰で人間のホンネがどんな呻き声をあげていたか。
 そのみじめな体験が、いつしか日本人の性根を形づくることとなったようだ。今でも何の罪悪感もなくタテマエを高唱しつづけながら、人びとのホンネには耳をとざすような風潮は、戦争中と変わることなく平然と生きのびているらしい。


 今まさに国のタテマエによって人々のホンネがかき消されようとしています。
 戦争の危惧を語った方たちが理由は明かされないけれど、多分それ故に任命を拒否されました。国民を同じ方向に向かわせようとする国のタテマエ。
 あのころと同じ・・・・・、そう思わずにはいられません。

2020.10.21  荒井 きぬ枝


学徒出陣の式典を描いた長新太さんのさし絵です。