Editor's Museum「小宮山量平の編集室」

日々のできごとと思いを伝えます。

本の森に囲まれて89、90、

エディターズ・ミュージアム89 まどみちおさん 2014.6.28掲載 


 エディターズミュージアムには、まどさんから届いた小宮山量平先生宛の手紙が保管されています。まどさんの本の出版に心血をそそいだ先生に対して最高の謝辞を、そのつど述べていらっしゃるものが多いです。書かれている文字の繊細で優しいこと。いかにも、まどさんらしいと思いました。どんなペンを使っているのでしょうか、字、そのものが詩を醸しているような。

 私は遠くから憧憬の眼差しを送っていましたが、まどさん自身は劣等感を抱いていたことがあったそうです。本を広げて2、3行読むと眠くなってしまって、自分は本を読むことができないのだと。40代になって血圧が低いせいだとわかり急に気が楽になり、本を読むことはやめてしまったということです。
「本以外のものを全部本だと思うようにしました。そしたらつまようじやコップが〝読んでくれ読んでくれ〟と私にせがむのです。せがまれて、つまようじ一本をじっと見ていたら宇宙とのつながりを発見した―」と。これは、まどさんが晩年にインタビューを受けて語った言葉です。
 つまようじやコップを読むと詩になるのですね。〝読んでくれ〟とせがまれるという感じ方が面白いですよね。手品の種明かしをされたみたいで、驚きと感嘆の声を飲み込みました。

 ひとつのものをじっと見詰め、この世界そのものを見詰めるということでしょうか。

 


エディターズ・ミュージアム90 まどみちおさん 2014.7.5掲載 

 まどさんはとても魅力的な人で、いろいろ読んでいると目移りがして、あれもこれもと紹介してみたくなりますが、なんだかつまみ食いをしているような気持ちにもなります。

 まどさんの青年期、台湾時代に戻ります。

 まどさんが『コドモノクニ』に投稿していたのは台湾総督府道路港湾課の土木技師をしていた頃でした。日本が台湾を統治していた時代、台湾にこんな役所があったのですね。まどさんは成績優秀で、推薦でこの役所に就職されたとか。19歳から26歳まで勤めました。投稿して2編が北原白秋という当時の童謡界の第一人者に認められたのですから、誇りに思ったことでしょう。
『コドモノクニ』は1922年に創刊された童謡雑誌で、白秋、西条八十、野口雨情に誘引されて成長した初期の童謡の伝統を受け継ぎ育った人のなかに、まどさんもいたのだと思います。その頃まどさんに白秋門下の与田準一から突然、上京を促す手紙が届きます。投稿してくる作品を見て才能を早くも感じ取っていたからこそと推測します。
 まどさんは、いったんは決意するのですが、折あしく眼病を患って断念したのでした。それから1年経って勤務先を退職しました。年を重ねるに従い自分の感性が役所の水に合わないと感じてしまったようです。しかし役所をやめたまどさんは、時間の余裕ができて童謡創作に熱中しました。